知れば知るほどハムを食べたくなる「東北ハム」のはなし【その2】
お米や旬のフルーツの返礼品が人気の鶴岡市ふるさと納税では、申し込みランキングで常に上位に入る生ハムがあります。発送までに2~3か月を要する人気の返礼品です。
使うのは原料となる肉、日本海の天然塩、山形県産の米粉、黒胡椒のみ。18か月もの熟成期間によってゆっくりと引き出された深い味わいと、0.6ミリまで薄くスライスされた生ハムはまるで口の中で溶けてしまうような、滑らかな食感になります。
この生ハムの名前は「ノービレ」。イタリア語で「高貴」を意味する言葉です。今回は鶴岡産の生ハムが誕生した経緯や、こだわりの製法について取材しました。
鶴岡でつくる生ハム
ノービレをつくっているのは、鶴岡の老舗企業である「東北ハム」。代表取締役社長の帯谷 伸一(おびや しんいち)さんがノービレをつくる全工程を管理しています。
日本の生ハムづくりの歴史は浅く、帯谷社長は国内の生ハムづくりの先駆者たちに指導を受けてきました。さらに世界三大ハムと呼ばれる「プロシュート・パルマ」の生産地であるイタリア・パルマの職人との交流を通じて、何度も試作を重ねて2018年に販売を開始したのがノービレです。
ノービレの構想が始まったのは今から約30年前。キッカケは、当時まだ東北ハムに入社する前の帯谷社長が参加した食肉専門紙の視察ツアーでした。
帯谷社長「1994(平成6)年にイタリアのパルマで生ハムの製造工程を見せていただく機会がありました。そこで食べた生ハムにもうすごい感動して。あまりの美味しさに、こんな生ハムをなんとかして自分でも作りたいと思ったのが始まりです」
帯谷社長は入社から間もなくして、パルマのプロシュートを踏襲した鶴岡産生ハムの構想を発表します。
──鶴岡で生ハムをつくることに不安はありませんでしたか?
帯谷社長「鶴岡は、生ハムをつくるためのポテンシャルが限りなく備わった土地だと感じるんです。というのも、生ハムを作ることができるのは、一般的に北緯38度前後の気候環境だと言われています」
帯谷社長「ハモン・イベリコという有名な生ハムの聖地とされるスペインの「ギフエロ」、イタリアのパルマ、そして鶴岡市はちょうど北緯38度から40度くらいの場所に位置しています。
特に日本とイタリアは東西を海にはさまれていますし、鶴岡とパルマは海岸からほど近い都市です。日本海沿いの土地では塩引き鮭の生産が盛んで、魚と肉という違いはあれど、骨付きのものを干して作る歴史があります」
帯谷社長「気候風土もそうですが、食文化が豊かな面でも非常に似通ったものがありますね」
こうして始まった鶴岡での生ハムづくりでしたが、非加熱である生ハムづくりは、元々製造していた加熱食肉に影響を及ぼすことが分かりました。
帯谷社長「メインの第一工場で生ハムをつくり始めましたが、加熱の食肉と一緒に作るとお互いに色んな悪さをすることが分かりました。品質も安定しなくなり、衛生面も気を遣わないといけない。そこで加熱食品を優先して、1998(平成10)年に生ハムの製造を中止しました」
それから14年の歳月を経た2012(平成24)年。当時の日本はワインブーム。生ハムの需要が高まると確信した帯谷社長は生ハムづくりを再開します。
帯谷社長「東北ハムの敷地内には、かつて学校給食に無添加の加工食肉を供給していた「鶴岡食肉センター」という施設がありました。そこで生ハムづくりを再開することにしたんです」
従業員でハム職人の谷野 哲雄(たにの てつお)さんと一緒に、国産プロシュート製法の第一人者である帯広畜産大学教授の三上 正幸(みかみ まさゆき)氏のもとを訪ねた帯谷社長は、丁寧に管理された生ハムの製造工程を学ぶことになりました。
こうして、のちにノービレと名付けられる庄内プロシュートのプロトタイプ1号が試作に入ったころ、鶴岡市がユネスコ食文化創造都市に認定されました。
パルマが見た「庄内プロシュート」
鶴岡市は2014(平成26)年に日本で初めてユネスコ食文化創造都市に認定されました。その翌年にイタリア・パルマが同認定を受けたことから、鶴岡市とパルマの交流が始まります。
帯谷社長は2016(平成28)年に鶴岡市の公式訪問団の一員としてパルマを訪問。このとき、翌年パルマで開催される生ハムフェスタへの参加の打診を受けパルマを再訪。そこで、改良した庄内プロシュートのプロトタイプ2号を出品します。
──パルマで振る舞われたという庄内プロシュートは、現地ではどのように評価されましたか?
帯谷社長「お世辞ではない表情で「ボーノ」「ボーノ」と連呼されて喜んでくれました。ただ、同時に「しょっぱい」という意見も多く寄せられたんです」
──「しょっぱい」ですか。
帯谷社長「イタリアやスペインでは塩の添加量は規制されていませんが、日本では食品衛生法の基準で、生ハムづくりについては肉を6%以上の塩に漬け込まなければいけないという非常に高いハードルがあります。6%の塩をまともに肉に吸い込ませたら食べられない。だから、肉が吸った塩をどうやって吐き出させるか悩みました」
──ヨーロッパではどうして塩の添加量が規制されていないのでしょうか?
帯谷社長「ヨーロッパでは肉の製法について長い歴史があるので添加基準は設けられていないんでしょうね。日本でも、骨付きの鮭に塩を塗ってかん干しする「塩引き鮭」に塩の添加基準はありません。それは伝統的に塩の使い方を受け継いでいるからです」
──日本の肉文化の歴史はまだ浅いんですね。
帯谷社長「そうですね。ただ、現地の方々に言われたのはパルマのハムを真似するんじゃなくて、「日本の生ハム」を作ってくださいと言われました」
──日本ならではの生ハムですか。
帯谷社長「日本に合った作り方ってなんだろうな、って考えた時にたどり着いたのが、日本で昔から続く伝統的な食品製法を基にした作り方です」
私たちふるさと納税スタッフは、この製法を特別に見せていただくことになりました。
生ハムづくりの現場
今回は生ハムづくりの工程の一部を拝見します。前編で紹介した第一工場と同様に白衣のつなぎと帽子で耳まで隠し、マスクを着用したら、しっかりと手を洗って中へ失礼します!
【熟成】
帯谷社長「本来、生ハムをつくる順番とは逆になりますが、こちらの部屋からご案内します。ここは生ハムを熟成させている部屋です」
──出荷前の生ハムがたくさん!
帯谷社長「いま作っている生ハムは、ほぼふるさと納税の寄附者に向けて出荷しています」
──ノービレはリピーターの寄附者の方も多いと聞きます。
帯谷社長「売れるからと言って今から仕込んでも、生ハムの完成までには約2年かかりますから。生産できる量が限られているんですよね」
帯谷社長「ここでは、別の部屋で低温乾燥させた肉の表面を、さらに半年間乾燥させます。湿度は常に50%前後、16℃で管理しています」
──たしかに少し肌寒いですね…。
帯谷社長「表面を乾燥させたら、余分な水分が抜けてしまわないように赤身の部分だけに脂を塗ります。コーティングする脂の中には日本海の天然塩、黒胡椒、そして山形県産の米粉が入っています」
帯谷社長「パルマの方々がこの工場に来た時に「胡椒はもっと増やした方が良いよ」という意見をたくさん頂いたので、胡椒は10倍に増やしました」
──10倍!
帯谷社長「あと、本来イタリアではこの脂の中に小麦粉を入れていましたが、アレルゲンの問題(小麦に含まれるグルテンがアレルギーを引き起こす場合)があるため米粉に切り替え始めたそうです」
──ノービレは日本酒にも合うと伺いましたが、米粉が関係しているのでしょうか?
帯谷社長「米粉から出る麹に近いような香りが生ハムの中には残っているんだろうなと思うんです。地元の酒造会社の会長からは、生ハムと合わせる日本酒は甘みが強くて風味の豊かなものが美味しいと言われました」
──日本酒と生ハム、ぜひ試したいです。
【乾燥】
帯谷社長「次に見て頂くのは、こちらの乾燥室です」
──先ほどの熟成庫に移る前の状態ですね。
帯谷社長「塩抜きした肉は、この部屋で1ヶ月ほど低温乾燥させます」
──さきほどよりも空気がヒンヤリしていますが、室温は何度くらいなんでしょうか?
帯谷社長「この部屋は8度設定です。温度を低くしているので湿度があまり下がらないんですよね。鶴岡の気候風土がイタリアと似ていると言いましたが、湿度は違います。イタリアやスペインはカラッと乾燥した気候で、特にスペインは太陽がカンカン照りですから。それに比べて鶴岡は湿度が高いので、除湿器などでなるべくコントロールしています」
──さきほどの熟成庫でも温度や湿度を一定に保っていましたね。
帯谷社長「そうですね。イタリアは年間を通じて同じ温度で製造しているので、実はそれに合わせて熟成庫では冬場の温度を上げたんですが、今度は乾燥しすぎて水分が抜けすぎたように感じました」
──味に違いが出るんでしょうか?
帯谷社長「ちょっと違う味になると思います。今年の冬はエアコンをつけずに、そのまま自然の温度でいこうかなと思っています」
──毎年、試行錯誤されているんですね。
帯谷社長「ひとつの作り方で、シーズンすべての味が決まります。工程は日々変わっていますし、1年を通してやってみた結果として改善点があれば次の生ハムづくりに活かしています」
──一期一会の味でもありますね。
帯谷社長「次は、私たちが生ハムを作る上で一番特徴的な場所にご案内します」
【塩漬】
帯谷社長「ここは撮影NGでお願いします」
日本では食品衛生法で6%の塩に肉を漬けなければいけないという基準が設けられており、いかに塩を肉から吐き出させることができるかが生ハムの出来を左右します。
帯谷社長「一時期、生ハムが塩を吸い込む前に塩を一生懸命洗浄して落とした時期がありました。その時期の生ハムは少したんぱくな味わいになっていたと思います」
──肉が自然と塩を吐き出すと、味も変わるのでしょうか?
帯谷社長「劇的に変わる訳ではありませんが、まろやかに柔らかくなっていって、より肉の香りが引き立つと思います。そこで取り入れたのは、日本の漬物の作り方でした」
──なんと、漬物ですか。
帯谷社長「スペインでは山のように積み上げた塩を掘って中にハムを入れ、その重みで塩を吐き出させています。その作り方をアレンジしたのが、料理研究家の辰巳 芳子(たつみ よしこ)先生という方です」
日本の生ハムづくりの先駆けと言われる辰巳芳子さんは、「生ハム」という言葉が日本ではまだ一般的でなかったころ、鎌倉で私財を投じて無添加の生ハムづくりを始めました。帯谷社長は2016(平成28)年にパルマを公式訪問し帰国したその日に辰巳芳子さんの鎌倉の自宅を訪問し指導を受けています。
帯谷社長「辰巳先生は生ハムの製法に漬物石を取り入れたんです。それを私なりにさらにアレンジしました。塩漬けの工程で数種類の漬物石を使用して、一度肉にしみ込んだ余分な塩と雑味につながる肉汁をうまく吐き出させる工夫をしています」
──これが「日本ならではの作り方」ですね。
帯谷社長「イタリアとスペインもそれぞれ生ハムづくりの工程は違いますし、日本の工程も違っていいんだろうなと思います」
(おまけ)
帯谷社長「ちなみにこれは馬の骨なんですが、なにに使うか分かりますか?」
──初めて見ました! 生ハムづくりに関係する道具なんでしょうか?
帯谷社長「これはイタリアで頂いたものなのですが、生ハムに刺して脂の中の香りを知るために作られた道具なんです。これについた匂いで、仕上がりが良いか悪いかを判断します」
──馬の骨である理由はあるんでしょうか?
帯谷社長「牛じゃなく馬じゃないとダメだってイタリアの人たちは言っていましたね。ここにツブツブとした突起があるらしく、そこに匂いの成分がつくらしいです」
──生ハムづくりの世界はまだ未知の部分がたくさんありそうです。貴重な製造現場を見せていただき、ありがとうございました!
「ノービレ」の食べ方
──最後に、帯谷社長のお好きなノービレの食べ方を教えてください。
帯谷社長「ノービレは、口の中に入れると溶けるような食感が特徴です。ぜひそのまま召し上がっていただくのが一番美味しいですね」
帯谷社長「ですが、なにかにつけ合わせるとしたら、パンの上にのせても良いですね。オリーブオイルをかけると油分で塩味が抑えられて、まろやかにしてくれるんです」
──日本では生ハムとメロンの組み合わせも有名ですよね。
帯谷社長「イタリアもそうなんですよ。日本ほど甘いメロンではなく、キュウリみたいにカリカリしているようなメロンですけれど」
──日本だけじゃないんですか!
帯谷社長「柿でもやっていましたね。どろどろになるまで熟した柿に、生ハムをのせて食べていました」
──庄内地方の名産である「庄内柿」とコラボが出来そうですね。
帯谷社長「庄内柿と生ハムは非常に相性が良いと思いますよ。鶴岡のレストランでも生ハムと庄内柿の組み合わせは頻繁に取り入れられていますので、ぜひ試してみてください」
──ご多忙のところ取材に協力してくださった帯谷社長、東北ハムの従業員のみなさま、どうもありがとうございました!
鶴岡市ふるさと納税公式Instagramでは、令和6年8月に「ノービレ」をプレゼントするキャンペーンを開催し、多くのご応募をいただきました。コメント欄にはお好きな生ハムやハムの食べ方がたくさん寄せられていますので、ぜひ食べる際のご参考になさってください♬
キャンペーンをやっていたなんて知らなかった…!という方や、ノービレの抽選に当たらなかった…。というみなさまも、ぜひ鶴岡市ふるさと納税で「ノービレ」をお申し込みになってみてはいかがでしょうか (^^)/